最近、やっと次の役員が決まり、落ち着きました。
毎晩会合で忙しくて 更新できなかった 
昨年に引き続き、大変でした。
自分の子供の学校の事で、自分の子供の学年の代表を選ぶのに
みんな忙しい中、やって下さる人を真剣に考えようとしないのか。
自分がなったら困る。事しか考えられない人の多いことにがっかり 
ボランティアで人の文句ばかりを聞く数週間、疲れたし、頭にきました。
私だって忙しいし、今まで一生懸命、時間を割いて何とか真剣に取り組んでいる
自分がその場にいること自体、バカバカしくなるほどでした。
勝手に決めなさい。 が本音。
しかし、次を生み出し、育てるのが役目でもあるのだから。と我慢、我慢の数週間。生みの苦しみを味わっていました。
PHPの一月号 ”心の励ましかた”の五木寛之さんの
今を生きる-わたしの見方、考え方 ”君よ、悲しみを取り戻せ”
を読ませていただき、ちょっと立ち直りました。一部を書き出します。
無気力な人は鬱にはなりません。気力と生命力のある人が鬱を感じるのです。
自分の内部にエネルギーを持っている。でも、それをうまく表現することが出来ないから鬱々とした気持ちを生じさせているのです。
自分探しという言葉がありますが、それは(自分とは何者か)を探すことではありません。
自分の中にある生命力を邪魔するものは何か。それを探り出し、心の闇から抜け出す出口を見つけること。
生きてゆく為に、心に張り付いたかさぶたを剥がすこと。それが自分を知るという事になるのです。
---戦後の日本は、プラス思考という旗印を掲げて走ってきました。マイナス思考や鬱な気分を省みず、ひたすら躁の時代を駆け巡ってきました。
---現実から目をそらさずに安易な希望を持つことなく、今はこうなんだと冷静にわが身を振り返ることです。
それはとっても勇気のいることでしょう。しかし、そうする事できっと活路を見出すことが出来る。鬱からの出口を見つけることが出来るのです。
---人間の凍てついた心を溶かすもの、それは愛ではないか。
孤立化の波はますます進むでしょう。その波から逃れるためには、自らの足で愛を探すしかありません。心の底から誰かを愛し、そして自分も愛される。そうする事で人の凍った心は静かに溶けてゆく。そこにしか出口はありません。そして愛もまたロマンチックなものではないことを知るのです。---
新聞に目を落とせば、連日のように悲惨な事件が伝えられます。母親がわが子を殺してしまう。 なんという事なんだ と、一日中暗い気分に襲われる。ご飯ものどに通らないほどの悲しみがこみ上げてくる。そうなるのが普通の人間ではないでしょうか。
しかし今は、マイナスのニュースを受け入れないような心が蔓延している。
あっさりと悲惨な記事を読み飛ばし、明るいニュースばかりにめを向けようとする。
悲しむ人が出来なくなった人たち。
---悲しむことが出来なくなったのは心が凍っているから。
涙を流せなくなったのは凍河のような心になっているから。
人はそんな風に生きてはいけない。
本当の悲しみを取り戻さなくてはならないのです。
落ち込んでる場合ではない。 私は 反省し、理解してもらう努力の一歩を歩みはじめたところで愚痴に変えていただけです。
子供たちに対する愛情を少しでも広めなくては。
次回は 先日の研修会。 カウンセラーのお話も紹介したいです。
この 鬱の時代を理解できたことで、今の子供たちに起こっている出来事が理解できました。そして私たちが今しなければいけない事を学びました。
私たちは恵まれた環境にいるのでしょうか。
なんだか政治家もあてにはならないし、この先厳しい時代を生き抜く子育ては
勝ち組に入る事を 教えてはならない危険性を感じます。
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